04後拾遺和歌集 – ページ 2 – 楽しく百人一首

68. 心にもあらで憂世にながらへば 恋しかるべき夜半の月かな/三条院

68. 心にもあらで憂世にながらへば 恋しかるべき夜半の月かな/三条院(さんじょういん)

(訳)心ならずもこのはかない現世で生きながらえていたならば、きっと恋しく思い出されるに違いない、この夜更けの月のことを。

(解説)
・三条院(さんじょういん)は、目を患ったことを理由に退位を迫られた。

・「夜半の月かな」は「めぐりあいて」の最後とも同じ。


(作者)三条院(さんじょういん)。67代三条天皇。63代・冷泉天皇の皇子。

宮中の二度の火事と目の病気を理由に、藤原道長の圧力で5年で退位させられた。

道長の孫(68代・後一条天皇)に位を譲った。

 

69. 嵐吹く三室の山のもみぢ葉は 竜田の川の錦なりけり/能因法師

69. 嵐吹く三室の山のもみぢ葉は 竜田の川の錦なりけり/能因法師(のういんほうし)

(読み)あらしふく みむろのやまの もみじばは たつたのかわの にしきなりけり

(訳)嵐が吹いて散らした奈良の三室山のもみじ葉が、龍田川の水面を覆いつくしてまるで錦織のように見事な風景です。


(作者)能因法師(のういんほうし)。30才のころ恋人をなくした悲しみで出家。全国を旅しながら歌を詠み、歌枕(歌に詠まれる土地)をまとめた。

70. さびしさに宿を立ち出でてながむれば いづこも同じ秋の夕暮れ/良暹法師

70. さびしさに宿を立ち出でてながむれば いづこも同じ秋の夕暮れ/良暹法師(りょうせんほうし)

(読み)さびしさに やどをたちいでて ながむれば いづこもおなじ あきのゆうぐれ

(訳)さびしさにたえかねて、家を出てあたりを眺めていると、どこも同じようにさびしい秋の夕暮れが広がっています。

(解説)
・「宿」・・旅館ではなく僧が住む粗末な家(庵・いおり)

・「秋の夕暮れ」は「新古今和歌集」の時代に流行した表現。「秋の夕暮れはさびしいもの」という印象が定着した。


(作者)良暹法師(りょうせんほうし)。比叡山の延暦寺の僧。後朱雀、後冷泉天皇の頃の人。

晩年は京都・大原の里や雲林院に暮らす。

「三夕(さんせき)の歌」・・『新古今集』
・「寂しさはその色としもなかりけり槙立つ山の秋の夕暮れ」(寂蓮)87
・「心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ」(西行)86
・「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ」(藤原定家)97