恋 – 楽しく百人一首

3. あしびきの山鳥の尾のしだり尾の 長々し夜をひとりかも寝む / 柿本人麻呂

3. あしびきの山鳥の尾のしだり尾の 長々し夜をひとりかも寝む / 柿本人麻呂

あしびきのやまどりのおのしだりおの ながながしよをひとりかもねん(かきのもとのひとまろ)

(意味)山鳥の長く垂れ下がった尾のようにこの長い夜を私は1人寂しく寝るのでしょうか。

(語句)
・「あしびきの」は「山」にかかる枕詞。

・「の」を繰り返すことで長い夜を表現している。

・「か」⇒「む(連体)」係り結び。

・「寝(ね)(未然)」+「む(推量)」⇒寝るのだろうか。

※「寝(ぬ)」(ナ下二)ね・ね・ぬ・ぬる・ぬれ・ねよ

(解説)
・元々は万葉集の詠み人知らずの歌とされる。


(作者)柿本人麻呂:万葉集の歌人。すぐれた歌を多数残す。天皇をたたえる歌、相聞歌(そうもんか/恋の歌)、挽歌(ばんか/死を悼む歌)など。

「歌聖(かせい/うたのひじり)」と仰がれる。三十六歌仙の一人。

持統天皇、文武天皇(軽皇子)に仕えた宮廷歌人。岩見国(島根)で亡くなったとされる。

・「万葉集」亡き妻を思い詠んだ歌
「笹の葉は み山もさやに さやげども 我は妹(いも)思ふ 別れ来ぬれば」

(訳)笹の葉は、この山にさやさやと(心乱せというように)風に吹かれて音を立てているけれど、私は妻のことを一筋に思っています。別れてきてしまったので。

 

 

13. 筑波嶺の峰より落つるみなの川 恋ぞつもりて淵となりぬる/陽成院

13.筑波嶺の峰より落つるみなの川 恋ぞつもりて淵となりぬる/陽成院(ようぜいいん)

つくばねの みねよりおつる みなのがわ こいぞつもりて ふちとなりぬる

(訳)
筑波峯のてっぺんから段々と流れ落ちるみなの川のように、私の恋心も積もって深い淵のようになったよ。

(解説)
・筑波山(つくばさん)(常陸国・ひたちのくに・茨城県)・・男体山(なんたいさん)と女体山(にょたいさん)という二つの峯からなる恋の歌の名所。「西の富士、東の筑波」と言われた。

・みなの川・・筑波山から流れる川。「男女川」とも書く。

・淵・・流れが緩やかになって深くなったところ。

・綏子内親王(すいしないしんのう)に当てて書いた歌。陽成院の后になった。


(作者)
陽成院(ようぜいいん)。57代・陽成天皇(ようぜいてんのう)。56代・清和天皇(せいわてんのう)と藤原高子(二条后・にじょうのきさき)の皇子。

9才で即位したが、叔父の関白・藤原基経(藤原家最初の関白)に17才で退位させられ、光孝天皇(15「きみがため は」)に皇位を譲った。

20「わびぬれば」元良親王(もとよししんのう)の父。

(参考)
「うた恋」1巻

14. みちのくのしのぶもぢずり誰ゆえに 乱れそめにし我ならなくに/河原左大臣

14. みちのくのしのぶもぢずり誰ゆえに 乱れそめにし我ならなくに/河原左大臣(かわらのさだいじん)

みちのくの しのぶもじずり たれゆえに みだれそめにし われならなくに

(訳)
陸奥(東北の東半分)のしのぶもじずりの乱れ模様のように、誰のせいで思いが乱れ始めてしまったのでしょう。私ではなくあなたのせいですよ。

(解説)
・信夫(しのぶ)地方・・今の福島県

・しのぶもじずり・・染め物


(作者)
河原左大臣(かわらのさだいじん)。源融(みなもとのとおる)。

52代・嵯峨天皇の第12皇子。臣籍降下して源姓になる。河原院という大邸宅に塩釜の地を模して海水を汲む。光源氏のモデルの1人とも言われる。

宇治に別荘を作ったが、これが後の平等院となる。

 

18.住の江の岸による波よるさへや 夢の通ひ路人めよくらむ/藤原敏行朝臣

18.住の江の岸による波よるさへや 夢の通ひ路人めよくらむ/藤原敏行朝臣(ふじわらのとしゆきあそん)

すみのえの きしによるなみ よるさえや ゆめのかよいじ ひとめよくらん

(訳)住の江の岸に打ち寄せる波ではないが、夜に見る夢の中の通い路までも、どうしてあの人は人目を避けるのだろうか。

(解説)
・女性の気持ちになって詠んだ歌

・人目を忍ぶ恋のもどかしさ

・住之江は大阪・住吉の海岸。松の名所で「待つ恋」によく詠まれる歌枕。


(作者)
藤原敏行朝臣(ふじわらのとしゆきあそん)。17「ちはやぶる」在原業平の妹婿。書道も上手で、京都、神護寺の鐘銘が現存。59代宇多天皇に仕えた。

古今集「あききぬと めにはさやかにみえねども 風のおとにぞ おどろかれぬる」(秋が来たと、はっきりと目にはみえないけれど、風の音で(秋の到来に)はっと気づきました。)も有名な句。

19. 難波潟短き葦のふしの間も 逢はでこの世を過ぐしてよとや/伊勢

19. 難波潟短き葦のふしの間も 逢はでこの世を過ぐしてよとや/伊勢(いせ)

なにわがた みじかきあしの ふしのまも あわでこのよを すぐしてよとや

(訳)あなたに会わずに1人で過ごせというの。そんなの無理。葦のふしのような短い間でもあなたに会いたい。


(作者)
伊勢(いせ)。三十六歌仙の1人。父が伊勢守(三重県)。59代宇多天皇の中宮、温子に仕えた。

藤原仲平に送った返歌とされる。仲平は、時の関白・藤原基経の次男、穏子(60代・醍醐天皇の中宮)の兄。

※藤原基経の子は、長男・時平(菅原道真を左遷)、次男・仲平(伊勢に18「難波潟」の歌をもらう)、三男・忠平(性格温厚)。

伊勢は恋多き女性で、仲平の兄の藤原時平や、59代宇多天皇にも愛され、宇多天皇との間には皇子ももうけた。

後に宇多天皇の第四皇子・敦慶(あつよし)親王と結婚。娘の中務(なかつかさ)も歌人。

20. わびぬればいまはた同じ難波なる みをつくしても逢はむとぞ思ふ/元良親王

20. わびぬればいまはた同じ難波なる みをつくしても逢はむとぞ思ふ/元良親王(もとよししんのう)

わびぬれば いまはたおなじ なにわなる みをつくしても あわんとぞおもう

(訳)逢うことができず辛いので今となってはもうどうなっても同じこと。難波潟にある澪標のように、身を尽くしても逢いたいのです。

(解説)59代宇多上皇の后、京極御息所(きょうごくのみやすどころ)との人目を忍ぶ恋の歌。


(作者)元良親王(もとよししんのう)。57代・陽成院(13「つくばねの」)の第一皇子だが皇位はつげなかった。「いみじき色好み」(プレイボーイ)、「一夜巡りの君」とも呼ばれた。

『大和物語』などに親王の逸話が伝わる。

21. いま来むといひしばかりに長月の ありあけの月を待ち出でつるかな/素性法師

21. いま来むといひしばかりに長月の ありあけの月を待ち出でつるかな/素性法師(そせいほうし)

いまこんと いいしばかりに ながつきの ありあけのつきを まちいでつるかな

(訳)「すぐ来るよ」とあなたが言ったから待っていたのに長月の明け方の月が出るまで待ちあかしてしまったわ。

(解説)
・長月・・九月

・有明の月・・明け方に残る月

・「一晩中待った」という「一夜説」と、春から秋まで、長月(9月)まで数ヶ月も待ったという「月来説(つきごろせつ)」がある。

・女性の気持ちになって詠んだ歌。


(作者)素性法師(そせいほうし)。良岑玄利(よしみねのはるとし)。三十六歌仙の1人。12「あまつかぜ」僧正遍照の息子。書家としても有名。56代・清和天皇に仕えた。

 

25. 名にしおはば逢坂山のさねかづら 人に知られでくるよしもがな/三条右大臣

25. 名にしおはば逢坂山のさねかづら 人に知られでくるよしもがな/三条右大臣(さんじょううだいじん)

なにしおわば おうさかやまの さねかずら ひとにしられで くるよしもがな

(訳)その名前を負うなら逢坂山のさねかずらよ。たぐりよせて人に知られずに会えたらいいのに。

(解説)
・「もがな」・・~ならいいのに(願望)

・逢坂山は山城国(京都)と近江国(滋賀)の境界にある山。


(作者)
三条右大臣(さんじょううだいじん)。藤原定方(ふじわらのさだかた)。京都・三条に屋敷があった。和歌や管弦にすぐれ女性に人気があった。

いとこの藤原兼輔(27「みかの原」)とともに、醍醐朝の歌壇のパトロン的存在であり、紀貫之(35「人はいさ」)らを支援した。

 

さねかずら

27. みかの原わきて流るるいづみ川 いつ見きとてか恋しかるらむ/中納言兼輔

27. みかの原わきて流るるいづみ川 いつ見きとてか恋しかるらむ/中納言兼輔(ちゅうなごんかねすけ)

みかのはら わきてながるる いずみがわ いつみきとてか こいしかるらん

(訳)みかの原を分けて湧き流れる泉川の名のように、あなたをいつ見たということでこんなに恋しいのだろうか

(解説)
・まだ逢ったことのない人への恋心がつのる歌。

・泉川・・現在の木津川


(作者)
中納言兼輔(ちゅうなごんかねすけ)。藤原兼輔。三十六歌仙の1人。堤(つつみ)中納言と呼ばれた。

藤原冬嗣のひ孫。藤原為時の祖父。紫式部(「57めぐりあいて」)の曽祖父(ひいおじいちゃん)。

いとこの三条右大臣・藤原定方(25「名にしおはば」)とともに、醍醐朝の歌壇を支えた。

 

2024大河ドラマ「光る君へ」第2回
「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな」
(訳)子を持つ親の心は闇というわけではないが、子どものことになると道に迷ったようにうろたえるものです。

 

30. 有明けのつれなく見えし別れより 暁ばかり憂きものはなし/壬生忠岑

30. 有明けのつれなく見えし別れより 暁ばかり憂きものはなし/壬生忠岑(みぶのただみね)

ありあけの つれなくみえし わかれより あかつきばかり うきものはなし

(訳)
明け方の月が冷ややかに空に残っていたように、あなたが冷たく見えた別れ以来、夜明けほど辛いものはありません。

(解説)
・暁(あかつき)・・午前3時ごろ、まだ暗い時間。

・有明の月・・旧暦の16日以降の、夜明け前の空に残る月。


(作者)
壬生忠岑(みぶのただみね)。初の勅撰和歌集「古今和歌集」の撰者。壬生忠見41「恋すてふ」の父。三十六歌仙の一人。

『忠岑十体(ただみねじゅったい)』(歌論集)を残す。