梨壺(なしつぼ)の5人
• 清原元輔 (42「契りきな」)→清少納言(62「よをこめて」)の父
• 大中臣能信(おおなかとみのよしのぶ)→伊勢大輔(61「いにしえの」)の祖父
• 源順(みなもとのしたごう)→三十六歌仙のひとり
• 紀時文(きのときぶみ)→紀貫之 (35「人はいさ」)の息子
• 坂上望城 (さかのうえのもちき)
「梨壺の五人」天暦5年村上天皇の命により、昭陽舎に置かれた和歌所の寄人(よりうど)。
昭陽舎の庭には梨の木が植えられていたことから梨壺と呼ばれた。
『万葉集』の解読、『後撰和歌集』の編纂などを行った。